思 い 出 ベ ン チ

折に触れてお墓に足を運ぶことは、ちょっとしたからだのエクササイズになります。
だから日頃の運動不足を実感できる機会にもなるかも知れません。今は亡き人にまつわる思い出は脳の活性化にもつながります。

【関連コラム】　デュアルタスク･トレーニングという認知症予防法

時々自宅近くにある都立霊園の中をジョギングします。その霊園は大きな都道に面しているのですが、一歩敷地に踏み入ると静かで落ち着いた雰囲気に包まれます。走っているとたいへん開放的で気持ちがイイのです。

以前配信したメルマガの書出しにもこのように記しています。

２０２０年１月１日
昨年の大みそかに末走り納めとして、都立霊園の中をジョギングしました。
３人のご婦人たちが墓前でお茶菓子を手に、キャンプ用の折り畳みチェアに座って談笑していました。さらに進むと、今度は老夫婦がお墓の掃除をしていました。
見ず知らずの私に、「こんにちは。」 と声を掛けてくれたので、つい 「お疲れ様です。（笑）」 と言葉を返しました。きっと故人も喜んでいるだろうと安心しました。

お盆の頃にも、この霊園をジョギングします。
お供えの花も多く、さぞかし故人も喜んでいるだろうと思ったのですが、その節はどうも様子が違うと感じました。墓前に献花されていないお墓が、例年よりも多いように見受けられたからです。その頃は新型コロナと猛暑の夏のWパンチだった。外出を自粛される一家が多く、お墓に参るのを控えたと思った。

先祖代々のお墓の他に、この霊園にもひと区画に多くの故人が眠っている共同墓地もあります。よく見聞きする樹木墓地（樹木葬）という埋葬施設です。
大きな円形の２区画が並んでいて、それぞれにモニュメントの樹木が凛としている。そしてお花やお線香を手向ける祭壇が設けられています、祭壇を遠巻きに眺めながらひと休みできるように数脚の長椅子が並んでいます。屋根付きなので、強い日差しや急な雨を凌げる。来訪者への配慮が伺えます。

以前から気になっていたことがあります。
この樹木墓地は上空から見るとちょうど数字の「８」を横にした「∞」型で、花壇や香炉のある祭壇は大きいながらも正面だけにあって、休憩場所もその背後にしかないのです。正面から北の方角だけを拝む格好になっている。正面から距離のある場所に埋葬されている、故人の遺族もいらっしゃるはずです。せっかく墓地のエリアが広く開放されているのだから、少しでも埋葬されている故人の近くに寄り添い一休み。そして、在りし日の思い出を語り合えれば良いと思っていました。

その願いごとが叶ったのです！
既存の休憩場所のように大掛かりなものではありませんが、２，３人が腰掛けることのできる長椅子が、最初は２つ、最近は取り囲むように間隔を開けて設置されたのです。
その長椅子には遺族のどなたかが寄贈されたと思わせる一文といっしょに、「思い出ベンチ」と刻まれたプレートが固定されていました。

所縁の無い遺族同志でも、それぞれが抱く思慕の情は同じです。もう一度申しますが、むかしを回想することは脳の活性化につながり、故人も喜んでくれるはずです。
思い出を鮮明に蘇らせるには、記念写真をお墓参りに持参するのも良いでしょう。現代はAIの技術を用いて白黒写真をカラーに変えることが可能。カラー化された画像は、より脳にインパクトを与えて認知症予防の効果に期待できるのではないでしょうか。（＊）

猛暑，厳冬の下は身にこたえます。だから、暑さ寒さも和らぐ春と秋のお彼岸のころにでも、お出かけになるのは如何でしょうか。
それまでは、ジョギングしながら樹木墓地の様子を伺いに参ります。

どうか多くの方々がこの思い出ベンチに座って、古き良き思い出を語り合って欲しいと願っています。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　【出典】
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（＊）2020年8月6日 読売新聞 文化面